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大田原簡易裁判所 平成9年(る)16号 決定

主文

宇都宮家庭裁判所が平成六年一一月二四日に、被請求人Aに対する児童福祉法違反被告事件について言渡した刑(懲役一年六月、四年間執行猶予、保護観察付)の執行猶予の言渡しはこれを取消す。

理由

一  本件請求の要旨は、検察官提出の、刑の執行猶予の言渡し取消請求書(乙の2)記載のとおりであるからこれをここに引用する。

二  そこで検討するに、一件記録及び口頭弁論の結果によれば、次の事実を認めることができる。

被請求人は、平成六年一一月二四日、父同伴のうえ宇都宮保護観察所に出頭し、執行猶予者保護観察法五条所定の善行を保持すること等の遵守事項及び遵守事項を守るための指示事項等を誓約したが、その後右誓約に違反して、保護観察の期間中に、次の行為を行った。

(1) 被請求人は、予め保護観察所長に届け出ることなしに、平成八年一〇月五日栃木県大田原市《番地略》から、同県黒磯市《番地略》甲野コーポ[8]一〇六号に無断転居したうえ、その後も、転居先を届け出ることをしないで、指定された居住すべき住居に居住しているかのごとく報告した。

(2) さらに、同人は女子高校生の父親が逮捕されたことなどを種に、女子高校生を略取し、姦淫しようと企て、平成八年一二月二日午後九時五六分ころ、同県那須郡《番地略》B方に電話をかけ、電話にでた同人の長女であるC子(当時一八歳)に対し、「お父さんが警察に捕まっているのを知っている。ばらされたくなかったら出てこい。」等と執拗に脅迫し、同日午後一〇時五五分ころ、同女を自宅南側路上に呼び出したうえ、同女の背部を押すなどして、被請求人の運転する普通乗用自動車助手席に無理に乗車させ、同所から同県那須郡小川町大字小川三二八八番地二の玉置畳店倉庫北側路上まで連行し、もって、同女をわいせつ目的で略取したうえ、同日午後一一時ころ、同所に駐車した車両内で同女を全裸にし、同女の反抗を抑圧して姦淫したため、C子から告訴状が提出され、平成九年一月一三日わいせつ目的略取、強姦の容疑で逮捕、勾留されたが、弁護士、被請求人の両親、妻並びに妻の両親の尽力により、被害者に対し、示談金五〇〇万円を支払い、告訴が取り下げられたため、同年一月二七日頃釈放され、同年一月三〇日親告罪の告訴の取消により不起訴処分となっている。

(3) 次いで、平成八年一二月一七日夜半に右C子に対し、右同所に電話をかけ、電話にでた同女に対し、「盗聴したテープがあるから渡す。来なければのっこんでやる。」等と脅迫して同女を呼び出したうえ、被請求人の運転する軽乗用自動車に乗車させ、馬頭町、烏山町を走ったあと、翌一二月一八日午前〇時ころ、右同女の自宅東方約三〇〇メートルの路上に駐車した車両内で、同女の肩を手で押さえつけるなどして、同女の反抗を抑圧して姦淫しようとしたが、同女が抵抗したためその目的を遂げなかったが、その際、右暴行により、同女に対し全治まで五日間を要する右肩打撲傷の傷害を負わせた。

(4) また、被請求人は、結婚している妻D子がいるのにかかわらず、妻のコンパニオン仲間であるE子と関係を持ち、その後三人で同居生活を始め、平成八年一一月から平成九年一月ころまでの間に、同人とも三、四回にわたり性交渉を持っている。

三  被請求人及び弁護人は、本件口頭弁論においてわいせつ目的略取、強姦事件を争い、本件は、和姦であり、告訴も取消されて公判請求されていないし、例え起訴されたとしても、無罪となった可能性も十分ありえたものである旨主張するので検討する。

まず、証人C子の当口頭弁論における供述、同人の告訴状謄本二通(検察官請求証拠等閑係カード番号14、16。以下番号のみで示す。)、同人の被害届謄本(18)、同人の司法警察員に対する供述調書謄本五通(20ないし22、30、32)及びその他の関係証拠を総合すれば、前記二の(2)の事実を認めることができる。

すなわち、証人C子の証言は、直接強姦の被害にあったものでなければ知ることのできない具体的で臨場感のあるものであり、被請求人から電話があって、家の外へ呼び出され強姦されるまでの状況を、ところどころ泣いていて答えに窮するところはあるものの、ありのままに供述しているものであって、前掲の同人の司法警察員に対する供述調書謄本五通及び被請求人の弁解録取書(67)並びに被請求人の司法警察員に対する供述調書謄本八通(68ないし75)、その他関係証拠を総合すれば、前記二の(2)の事実は十分に認めることができる。

それに、被請求人と被害者のC子は、それ以前は全くの赤の他人であり、なんらの交際がなく、C子は当時生理中であったもので、被請求人と性交に至る理由が全くなかったこと、C子が当時乙山ベニマルに就職が決まり卒業を控えた高校三年生であり、同女がコンパニオンのアルバイトをしていたとき、ブルセラショップの手伝いをもしており、そこの社長と付き合っていた事実を被請求人に知られていたこと、当時、C子の父親が警察に逮捕されたため、この件は、自分と母親の間のみの話にして、祖母、妹にも秘密にしていたほどの世間に知られたくないことがらを被請求人が知っていたこと等から、これらの自己及び家族の将来に重大な影響を及ぼすことがらを握っていると思われる被請求人の要求に抗し難い立場にあったので、いわば脅迫されて、やむを得ず被請求人の呼出しに応じたもので、その後C子は、父親が逮捕されたなどという悪い噂が周囲からたたなかったため、被請求人がばらさなかったのだ、もう終わったこととあきらめて、告訴をためらって自分限りで納得して我慢しようとしたが、被請求人から、同年一二月一七日の夜に再度同様の理由で呼び出されて、二度日の強姦致傷(強姦は未遂である。)の被害を受けるに及んで、母親に打ち明けて相談したうえ告訴を決意したものであって、以上の同人の置かれた当時の状況等を考えると、被害者C子の証言及び同人の司法警察員に対する各供述調書は十分に信用することができるのであって、それに加えて、被請求人が、前記の同居していたE子に対し、以前「前に勤めていた社長が気に入らないから、娘も高校生位になったから、けっこうかわいい。はめちまうかな。」と言っていたこと等を合わせ考えると、被請求人の、被害者と合意のうえで性交したという和姦の主張は信用することができない。

ことに、被請求人は捜査段階においては当初から、強姦の事実を認めていたのであり、弁護人が被害者と示談の話がまとまる見込みを被請求人に伝えた後に、和姦の主張に変わったもので、被請求人は、これらの、同人の司法警察員に対する各供述調書は、捜査官の押し付け的な取り調べを受けて、自己の主張と違うと思いながらこれに抗しきれず署名指印した旨主張するが、被請求人は前件の児童福祉法違反の事件で警察官の取り調べを受けた経験があるうえ、勾留直後の早期の段階で、当番弁護士と接見し、その際に「言いたくないことは、言わなくてもいい。」旨取り調べを受ける際の心構えの助言を受けていたものであって、これらの事情及び証人C子の証言並びに同人の司法警察員に対する各供述調書謄本と対比して考えると、被請求人は捜査段階においては、真実を述べて調書の作成に応じていたと認めるのが相当である。

以上のとおり、証人C子の証言、同人の司法警察員に対する各供述調書謄本は、被請求人の司法警察員に対する各供述調書謄本、その他関係証拠と対照しても、合理的で互いに符合しており、十分に信用することができるのであって、これと抵触する被請求人の被害者とは合意のうえで性交したので和姦である旨の当口頭弁論における供述部分はたやすく信用できない。

四  次いで、弁護人は、告訴が取り消された親告罪である強姦罪を、遵守義務違反の要素として認定することは、法制度の矛盾であり、憲法三一条に違反する旨主張するので検討する。

親告罪における告訴の取消しは、処罰阻却事由とされているが、被請求人が強姦罪を犯したことは、執行猶予者保護観察法五条一号に定める善行保持の遵守事項に違反する顕著な事例といえるものであって、検察官から、刑の執行猶予言渡取消請求を受けた裁判所は、これが、右の遵守事項に違反して「その情状が重いとき」に当たるか否かを認定する義務を負っているものであり、この判断にあたって、犯罪行為の存否を認定するには、必ずしも右犯罪について、直接公訴の提起を受けた裁判所の裁判による認定を待たねばならないものではなく、他の善行不保持の事実の認定と同様に、独自の権限と責任において、その事由の存否が認定できるものとされており、したがって、この場合、強姦罪として処罰するものではなく、ただ、刑法二六条の二第二号の要件に当たるか否かを判断するに当たって犯罪の認定をすることは、刑事政策の中核である執行猶予制度を実効あらしめるため、本来的に制度に内在するものというべきである。

それに、執行猶予取消請求に対する決定をするには、刑事訴訟法三四九条の二によって、被請求人の意見を聞いたうえ、請求がある場合には口頭弁論を開き、この場合には弁護人を選任することができるものとされており、また、決定に対しては即時抗告を認める等十分な配慮をしていることを考えると、法定手続の保障にもとるところはないものといえるのであって、憲法三一条違反をいう弁護人の主張は理由がない。

しかし、この場合であっても、できる限り刑事訴訟法の定める手続にしたがって、口頭弁論手続を進める必要があることはもとより当然であって、本件においても、被害者に証人として出頭を求めて証人尋問を実施し、その他証拠調手続についても、できる限り通常の刑事事件の場合の手続に準じて、審理を進めたところである。

五  以上で認定した事実によれば、前記二の(2)のとおり、わいせつ目的略取、強姦罪については、被害者との間で示談が成立し、告訴が取下げられたため不起訴処分となってはいるものの、それは、被請求人の両親、妻並びに妻の両親が示談金五〇〇万円を工面し、弁護士を頼んで尽力したからにすぎないものといえ、これが本件で執行猶予取消の対象になっている前科である、テレクラで知り合い、同棲していた一八歳末満の少女F子と結婚したいということで両親に紹介していながら、同女を売春させたうえ、その後、その妹のG子とも肉体関係を持って、さらに同女にも売春させたという児童福祉法違反事件と同種の性犯罪であるわいせつ目的の略取、強姦罪であること、前記二の(3)のとおり、一度ならず再度強姦は未遂であるものの、強姦致傷の行為に及んでいること、妻のD子がいるのにかかわらず、三か月の間に同居しているE子と三、四回にわたり性交渉を持っていること、外に、一件記録及び口頭弁論の結果によれば、被請求人は、一八才ころから女を知り、宇都宮市内の大通りでナンパした女性や同級生等、過去に三〇人位の女性と性交渉を持ったことが窺われるが、そのうち本当に好きで性交した女性は七、八人位であること、被請求人の短気で後先を考えずに行動してしまうという性格、二八才という年齢、環境、保護観察中の生活態度等を考えると、被請求人が善行保持義務に違反したことが明らかである。

そして、右遵守事項不遵守の態様を総合的に勘案すると、被請求人が、職を転々としながらも、今まで一応は仕事をしていること、妻D子が強姦罪の告訴取下げのために、苦労して金策をし示談を成立させたため、被請求人もこれを多として反省はしていること、保護観察当初から、現在に至るまで担当保護司宅を毎月訪問していたこと、住居の移転を届け出なかったのは、担当保護司が変わるのが嫌であったためであること(この住居届出義務違反のみでは、遵守義務違反でその情状が重いときとはいえないと思料される。)等の被請求人のために酌むべき諸点を十分考慮に入れても、被請求人の今までの一連の生活状況を子細に検討すると、同人の女性に向ける性欲はみさかいのないものであって、その情状は重いものがあるといわざるを得ず、今後、被請求人の両親、妻D子及び保護士等の指導、監督を継続してもその改善、更生は期し難いといえる。

したがって、被請求人の行状は、執行猶予者保護観察法五条一号、二号の遵守事項を遵守せず、その情状が重いときに該当するものと認められるから、刑法二六条の二第二号、刑事訴訟法三四九条の二により主文のとおり決定する。

(裁判官 神戸貞暢)

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